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職人魂で1尾の高付加価値に挑み続ける 自然と共生する漁業への転換

日本におけるサワラの刺身文化をけん引した漁師が、庄内浜にいます。
鶴岡市小波渡で「はえ縄漁業」を営む、第八長寿丸の船頭 鈴木重作さんです。
庄内に住んでいれば一度は耳目に触れたことがあるであろう「庄内おばこサワラ」の生みの親。
足が速く生で食べる習慣のなかったサワラを、一週間以上鮮度を保持する技術を確立し、刺身で食べることを定着させました。
当時の築地市場では「日本一のサワラ」とまで呼ばれていたそうです。

鈴木重作(山形県鶴岡市小波渡 第八長寿丸 船頭 )
山形県鶴岡市出身。地元水産高校を卒業後、遠洋船の乗組員となりマグロやイカなどを追いながら、 1年の多くを船上で暮らす下積みを経て、帰郷。 27歳ではえ縄漁師として船を新造し、独立。 平成19年から山形県トラフグ研究会、平成22年には庄内おばこサワラブランド推進協議会の 初代会長を務める。 令和元年、これまでの功績が認められ黄綬褒章を受賞している。


重作さんにとって、この「庄内おばこサワラ」の成功はゴールではなく、日本の漁業という産業に対峙するひとつの通過点でした。
日本では衰退産業とされる漁業に今どう立ち向かっているのか、お話を伺いました。

「元々、親父の船は刺し網漁船だったけれど、ただ魚を獲るのでは面白味がないから、自分の腕で、魚と知恵比べができる“はえ縄漁”を選んだ。」と重作さんは言います。
はえ縄漁とは、等間隔で針餌を付けた約380mほどの縄を海中に沈め、1尾ずつ引きあげていく漁法で、1回の操業で数か所に同様にして縄を張ります。
狙う魚種によって針の造りを工夫し、また、途中に挟むブイ(水面上に浮かんで位置を標示する浮体)は、波や水深によって間隔を変え、どのように餌を泳がせるかが、漁師の腕の見せ所だといいます。

高付加価値への挑戦

今では多くの人が知るところの「庄内おばこサワラ」ですが、庄内浜でサワラが獲れ始めたのは2000年代に入ってからのこと。
その頃から徐々に南方系の魚が水揚げされるようになり、現在ではシイラやバショウカジキなどが庄内浜でも幅を利かせています。
絶えず変化していく自然環境を前に、重作さんは臆することなく挑戦を続けています。
重作さんの初めての挑戦は、庄内おばこサワラブランドを確立する15年以上前、庄内浜の真鯛を活魚として築地に出荷することから始まっていました。
当時はまだ現在の倍以上の水揚げ量が優にあり、量で稼げた時代に、重作さんはただ一人、量ではなく1尾の魚の付加価値を上げることに注力しました。
10年の歳月をかけトライ&エラーを繰り返しながら、論理性を追求し、技術を磨き上げた頃、徐々に漁獲量が右肩下がりになり、魚種もまた変化しはじめました。
まるでこうなることを予測したかのように、次に向かったのが市場価値の高いトラフグと後に山形県のトップブランド魚となるサワラの神経締めによる高付加価値化でした。
真鯛、トラフグ、サワラと魚種は変化する中でも、培った技術と知識は全てに存分に生かされ、いずれの魚も築地で高単価を叩き出す高付加価値魚となりました。


「漁業はすべて海任せ。農産物のように“つくる”ことができないから、需要と供給のバランスを計算することができない。特に庄内は(他所に比べて漁獲量も少ないので)売れやすい魚を追うのではなく、売れにくい魚を『欲しい』という付加価値をつけていかなければならない。」と、早くから重作さんは市場をそのように分析しました。
ニーズではなく、それより強力なwantを作るには、何よりも『旨い』と言わせるものを提供しなければならない。そのためには魚の特性を知り、水揚げ後の徹底した処置(手当と呼ぶ)を施す、その意識と知識を怠らない。
それは重作さんのポリシーであり、漁師を生業とする使命感のようにも思えます。

獲れるうちの獲らない努力

世界では水産業が成長産業と言われる中、日本では漁獲量が年々減り、また、高齢化や廃業などにより従事者の減少も相まって衰退産業とされる漁業。
漁獲量の減少は気候変動によるものだけではなく、漁獲効率があがったことに起因する点も大きいと重作さんは考えています。
「効率的にたくさん獲ることが推奨されてきたけれど、資源があるうちに規制をしないといけない。国は、日本の物流技術力とこれまでのノウハウを生かして、海外へも売り先を開拓し、良いものにしっかり価値をのせていく。そうすることで、中長期的に量を獲らなくても生活できる希望を示し、漁師に獲った魚を一流品に仕立てるという意識変革をしていかないと。」と、現状に強い危機感を募らせています。

また、日本は縦に長い島国であるため、そこそこの沿岸漁業があり、多種多様な漁村文化があることも、今後日本が世界に打って出る大きな戦略になると語ってくださいました。
まさにそれは多様性を尊重し、循環型の社会を叶えていくことであり、漁業を通してそれを伝えようとしています。


非効率がいかに大切か 

重作さんの行う“はえ縄漁”では、一尾あがる度に巻き上げる機械を止め、神経締めを行い、脱血し、冷水に入れていきます。

それは非効率にも思えますが、この非効率によってこそ価値は生まれます。

効率性重視は、日々変わりゆき去年のデータどころか、昨日正解だったものが今日変わっていく自然との対峙の中でも通用しなくなっているのだと語ります。


みな早く答えを求めるがゆえに、過去の成功を用いがち。
しかしそれが通用しなくなっているからこそ、変化に対応できるだけの引き出しを自分の中に持たないといけない。
そのためには、自分で考え、失敗に学び、新たなチャレンジをする力を持ってほしい。
国もまた然り。
答えを出したいがために光りやすいものだけを輝かせようとする。
現状を打破し、産業の掘り起こしを考えたら、光りにくいものにこそスポットを当て、輝かせることで新たなエネルギーになるのではないだろうか。

技術と意識があれば次がある

30年以上に渡り、大量生産・大量消費に疑問を持ち続けて、漁業に向き合ってきた重作さんにこれからについて尋ねたところ、次の高付加価値化を狙っているのは近年200キロを超える大型魚も獲れるようになったクロマグロだと話してくださいました。
「今、若い人たちが頑張ろうとしている。そのためには、浜を引っ張る魚がないと。」と、穏やかにニヤリと上げた口角からは、これまでもこれからも日本の漁業を消して諦めず、ぶれない価値観で突き進んできた漁師の生き方の誇りが見えました。


東に登った朝日が日本海にゆっくりと朝を告げるころ、ザーっと一時の雨が降ってきました。
見渡す限り空の色を写した海の色は、かたや青空を映し、かたやグレーの雨空に染まり、奇しくも私たちの選択を試しているように思えました。

Written by

小野愛美

合同会社Maternal 代表社員

ウエディングプランナーとして専門式場やホテルを中心に、イベントプランニングを9年間手掛ける。
その後、ご縁があり山形県鶴岡市にて日本料理屋の女将を務め、料理のイロハを学び、飲食店の経営を経験する。

お店の閉店に伴い、山形大学農学部で行っていた在来作物を学ぶ講座「おしゃべりな畑」のコーディネーターとして勤務。在来作物の生産・加工・流通における講座カリキュラムの企画、運営に携わりながら、在来作物について学ぶ。

平成26年12月に山形県鶴岡市が日本で初のユネスコ創造都市ネットワーク「食文化部門」に認定されたことを受け、鶴岡食文化創造都市推進協議会に雇用され、料理人の育成事業および料理人と生産者の連携構築やローカルガストロノミーの磨き上げ、食のイベント事業の運営などに取り組む。

​自身も2人の子供の母親として、日々、未来へ向けて奮闘中。

【合同会社Maternal】
997-0023 山形県鶴岡市鳥居町7-22
Instagram: @onocreative
https://maternalco2022.wixsite.com/website

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